2020年9月 アーカイブ
2020年9月25日(金) 「わかりやすさ」を求めすぎると損しますよ
「先生の説明はわかりやすいって、うちの子が言ってます。」と言われることがたまにあります。
あるいは、「ほかの塾の体験授業にも行ったけど、説明がわかりやすいシリウスに決めました。」と体験談に書いてくれた生徒さんもいます。
講師業に携わっている人で、「わかりやすい」と言われて嬉しくない人はいないと思います。
ただ、私はそう言われたら、「あ、ありがとうございます。」とだけ言うとは思いますが、喜びに浸ったりはしません。
なぜかと言うと、「わかりやすい」というのが、その生徒さんにとって良いとは限らないからです。
だからあまり喜べないのです。「本当にあれでよかったのか。」という疑問が消えることはないでしょう。
以下は一部の方には面談等でお話しした内容です。
6年前に携帯電話をスマホにしました。一番驚いたのはその性能の高さではなく、薄っぺらい取扱説明書でした。携帯電話の取扱説明書といえば辞書みたいに分厚いものだと思っていたので、あの薄さは衝撃的でした。しかも、普段から携帯電話やパソコン、インターネットを使う習慣があるからでしょうか、説明書を読み込まなくてもとりあえず操作できたというのがまた衝撃でした。これは便利だなと思いました。以前の携帯電話なら、分厚い説明書で調べて(←これが実にめんどくさい)からでないと使えなかった記憶があります。
最近の「ゲーム」もそうだとSNSでどなたかが述べているのを見たことがありますが、私はゲームは一切やらないので(小学生の頃ファミコンはやりましたが、小学校卒業と同時に卒業しました。)、このゲームというのがゲーム機を使うゲームなのか、携帯電話を使ってやるようなものなのかもわかりません。
ただ、我々現代人の生活自体が、「わかりやすいもの」に囲まれているということは言えると思います。
そして、わかりやすいものは便利でありがたいものなのですが、イコール「自分の頭を使って考えなくてもよい」ことでもあるということも言えるかもしれません。
「わかりやすい」のは良いことですが、「わかりやすさ」にこだわりすぎると、自分の頭で考える機会が激減して、かえって損します。
よく読まず(あるいは人の話をよく聞かず)に、よく考えずに行動する(ゲームやスマホや動画三昧の子に多いです)。
これが小中学生の年代で定着するとまずいです。
得意科目はセンスや閃きでなんとかなっても、苦手科目ではそれが通用しないから地道によく見てよく考えることから始めるしかない。
だから小学生の授業では、よく見て、よく考えることが習慣になるように、国語、算数を中心に基礎基本訓練を徹底的に行うべきです。今の小学生はこれが圧倒的に足りない(漢字の反復練習なんかも大事ですよ)。
「わかりやすい授業」はよいのです。でもわかりやすいだけの授業、生徒自身が頭を使わなくてもよい授業ならそれは最悪の授業です。
個別指導塾ならやりやすいと思います。
「先生がそばにいるので、何でも質問できます!」と広告に謳っている個別指導塾が多いです。
成績の悪い子ほど「よく読んで、よく考える」ことをしませんね。
成績がそこそこ良くても、苦手科目になると問題をよく読まないですね。
とりあえず答えを出したいので、手あたり次第質問して、講師の方も最初から最後まで全部教えて、ほとんど講師が答えを出してしまう授業、説明だけで終わってしまう授業。こうなると最悪です。
教えてもらった(←これは錯覚です)ので生徒の満足度は高いでしょう。
講師の満足度も高いでしょう(←これも錯覚です)。
そういう顧客満足度だけにこだわる個別指導塾なら、質問&解説に明け暮れることになると思います。
「わかりやすい授業」の落とし穴はこれです。
先日、授業中に質問してくれた子がいました(←内容は言えません)。できるようになりたいという意欲が感じられたので一部授業内容を変更して、質問に答える時間をとりましたが、
今後の授業内容が「質問&解説」ばかりになってしまうと危ないと思います(だからこの時も説明は簡潔にして、自分でやってみる時間を多めにしたつもりです)。
解説ばかりの授業では、この子は「できる」というレベルにはおそらく到達しません。なぜなら苦手科目の場合、訓練不足で基礎基本が身についていない(=必要不可欠な能力が発達していない)からです。
説明する時間を多くすれば満足度は上がるかもしれませんが、力はつきません。
「できる」レベルとは「なんとかできる」ではなく、「サッとできる」ことを言います。必要な能力が磨かれていないと、サッとできるようにはなりません。
そんな子のために用意した基礎基本のプリントがあります。これは自分の頭で考えないとできないものです。
自分の頭でイメージして、間違えてもいいから(間違えたら解き直せばいい)、自分の頭で考えて、辛抱して基礎基本問題をたくさん解いた方が間違いなく力がつきます(講師の役目は、そのサポートをすることです)。
最近生徒さんたちを見ていて思うことがいろいろあります。
ブログに書くこともあるでしょうが、書けないことは11月の懇談会でお話ししたいと思います。
あるいは、「ほかの塾の体験授業にも行ったけど、説明がわかりやすいシリウスに決めました。」と体験談に書いてくれた生徒さんもいます。
講師業に携わっている人で、「わかりやすい」と言われて嬉しくない人はいないと思います。
ただ、私はそう言われたら、「あ、ありがとうございます。」とだけ言うとは思いますが、喜びに浸ったりはしません。
なぜかと言うと、「わかりやすい」というのが、その生徒さんにとって良いとは限らないからです。
だからあまり喜べないのです。「本当にあれでよかったのか。」という疑問が消えることはないでしょう。
以下は一部の方には面談等でお話しした内容です。
6年前に携帯電話をスマホにしました。一番驚いたのはその性能の高さではなく、薄っぺらい取扱説明書でした。携帯電話の取扱説明書といえば辞書みたいに分厚いものだと思っていたので、あの薄さは衝撃的でした。しかも、普段から携帯電話やパソコン、インターネットを使う習慣があるからでしょうか、説明書を読み込まなくてもとりあえず操作できたというのがまた衝撃でした。これは便利だなと思いました。以前の携帯電話なら、分厚い説明書で調べて(←これが実にめんどくさい)からでないと使えなかった記憶があります。
最近の「ゲーム」もそうだとSNSでどなたかが述べているのを見たことがありますが、私はゲームは一切やらないので(小学生の頃ファミコンはやりましたが、小学校卒業と同時に卒業しました。)、このゲームというのがゲーム機を使うゲームなのか、携帯電話を使ってやるようなものなのかもわかりません。
ただ、我々現代人の生活自体が、「わかりやすいもの」に囲まれているということは言えると思います。
そして、わかりやすいものは便利でありがたいものなのですが、イコール「自分の頭を使って考えなくてもよい」ことでもあるということも言えるかもしれません。
「わかりやすい」のは良いことですが、「わかりやすさ」にこだわりすぎると、自分の頭で考える機会が激減して、かえって損します。
よく読まず(あるいは人の話をよく聞かず)に、よく考えずに行動する(ゲームやスマホや動画三昧の子に多いです)。
これが小中学生の年代で定着するとまずいです。
得意科目はセンスや閃きでなんとかなっても、苦手科目ではそれが通用しないから地道によく見てよく考えることから始めるしかない。
だから小学生の授業では、よく見て、よく考えることが習慣になるように、国語、算数を中心に基礎基本訓練を徹底的に行うべきです。今の小学生はこれが圧倒的に足りない(漢字の反復練習なんかも大事ですよ)。
「わかりやすい授業」はよいのです。でもわかりやすいだけの授業、生徒自身が頭を使わなくてもよい授業ならそれは最悪の授業です。
個別指導塾ならやりやすいと思います。
「先生がそばにいるので、何でも質問できます!」と広告に謳っている個別指導塾が多いです。
成績の悪い子ほど「よく読んで、よく考える」ことをしませんね。
成績がそこそこ良くても、苦手科目になると問題をよく読まないですね。
とりあえず答えを出したいので、手あたり次第質問して、講師の方も最初から最後まで全部教えて、ほとんど講師が答えを出してしまう授業、説明だけで終わってしまう授業。こうなると最悪です。
教えてもらった(←これは錯覚です)ので生徒の満足度は高いでしょう。
講師の満足度も高いでしょう(←これも錯覚です)。
そういう顧客満足度だけにこだわる個別指導塾なら、質問&解説に明け暮れることになると思います。
「わかりやすい授業」の落とし穴はこれです。
先日、授業中に質問してくれた子がいました(←内容は言えません)。できるようになりたいという意欲が感じられたので一部授業内容を変更して、質問に答える時間をとりましたが、
今後の授業内容が「質問&解説」ばかりになってしまうと危ないと思います(だからこの時も説明は簡潔にして、自分でやってみる時間を多めにしたつもりです)。
解説ばかりの授業では、この子は「できる」というレベルにはおそらく到達しません。なぜなら苦手科目の場合、訓練不足で基礎基本が身についていない(=必要不可欠な能力が発達していない)からです。
説明する時間を多くすれば満足度は上がるかもしれませんが、力はつきません。
「できる」レベルとは「なんとかできる」ではなく、「サッとできる」ことを言います。必要な能力が磨かれていないと、サッとできるようにはなりません。
そんな子のために用意した基礎基本のプリントがあります。これは自分の頭で考えないとできないものです。
自分の頭でイメージして、間違えてもいいから(間違えたら解き直せばいい)、自分の頭で考えて、辛抱して基礎基本問題をたくさん解いた方が間違いなく力がつきます(講師の役目は、そのサポートをすることです)。
最近生徒さんたちを見ていて思うことがいろいろあります。
ブログに書くこともあるでしょうが、書けないことは11月の懇談会でお話ししたいと思います。
中学生
2020年9月20日(日) 規則正しい生活をしている人は強い
先日、以前陸上競技で活躍された方のブログを偶然目にしました。
そこに書いてあったことがとても興味深いものでした。
概要はこうです。
みんな調子がいい時期がずっと続くわけではないので、悪い状況に陥ることはある。そこから立ち直ることができる人、なかなか立ち直れない人、どちらもたくさん見て来たが、悪い状況からの「回復力」が高い人は、結局のところ、
「規則正しい生活を徹底している」
のだそうです。
決まった時間に起床して、
決まった時間に朝ご飯を食べて、
決まった時間にとトレーニングして…
生活のリズムが出来上がっていて、精神的にも安定しているとのこと。
ここで一つ付け加えなければならないことがあります。
最も大事なことは、「決まった時間に」することではなく、
「自分の意志で」やっている
ということだと思います。
例えば、いつもより早く家を出なければならないとします。
当たり前ですが、いつもと同じ時間に朝ご飯を食べて、いつもと同じ時間に家を出ることを強行することはありませんね。起きる時間も、朝ご飯の時間も、家を出る時間も変更するけど、上手に対応して生活のリズムは崩さないんですね。
どんなスター選手でも、試合に負けることもあれば、怪我で練習すら思い通りにできないことだってありますね。
当然精神的に落ち込むこともあるけど、絶対に崩してはいけない「芯」の部分が崩れない。
自分の意志で規則正しい生活をしているということが、「防波堤」になっているようです。
規則正しい生活・・・
例えば小学生なら、
うがい・手洗いや、寝る前の歯磨きをサボらないとか、
友達の家に遊びに行くのは宿題をやってからとか、
大人なら、週に何度かは「休肝日」を作るとか、
やはり、こういうことを徹底するというのは大事なんですね。
これらはある程度強い意志がないとできません。
というか、続けようとしないことには意志は固まってきません。
なるほどと思いました。
ここで思い出したのが、6月9日のブログに書いた、「基礎」と「基盤」について。
どちらも、学力をつける上での「土台」には違いないけど、
「基礎」が新しく作るものだとしたら、「基盤」は既にあるもの。
と、その時はここまで書きましたが、
基盤は、「生活習慣」や、「その人が置かれている環境」を指すのだと思います。
良い生活習慣は、規則正しい生活のことです。
習慣は、当たり前のことをやり続けることです。
スポーツでも、勉強でも、仕事でも、「できる人」ほど当たり前のことを徹底しています。
基盤が脆いようならその上に基礎を構築することはできませんから、「大改修」が必要です。
大人のアスリートなら「自分で改善しろ」という話ですが、
基礎学力をつけようとしている小中学生には、周囲の協力が不可欠です。
定期的に生活習慣を点検してみるといいと思います。
そこに書いてあったことがとても興味深いものでした。
概要はこうです。
みんな調子がいい時期がずっと続くわけではないので、悪い状況に陥ることはある。そこから立ち直ることができる人、なかなか立ち直れない人、どちらもたくさん見て来たが、悪い状況からの「回復力」が高い人は、結局のところ、
「規則正しい生活を徹底している」
のだそうです。
決まった時間に起床して、
決まった時間に朝ご飯を食べて、
決まった時間にとトレーニングして…
生活のリズムが出来上がっていて、精神的にも安定しているとのこと。
ここで一つ付け加えなければならないことがあります。
最も大事なことは、「決まった時間に」することではなく、
「自分の意志で」やっている
ということだと思います。
例えば、いつもより早く家を出なければならないとします。
当たり前ですが、いつもと同じ時間に朝ご飯を食べて、いつもと同じ時間に家を出ることを強行することはありませんね。起きる時間も、朝ご飯の時間も、家を出る時間も変更するけど、上手に対応して生活のリズムは崩さないんですね。
どんなスター選手でも、試合に負けることもあれば、怪我で練習すら思い通りにできないことだってありますね。
当然精神的に落ち込むこともあるけど、絶対に崩してはいけない「芯」の部分が崩れない。
自分の意志で規則正しい生活をしているということが、「防波堤」になっているようです。
規則正しい生活・・・
例えば小学生なら、
うがい・手洗いや、寝る前の歯磨きをサボらないとか、
友達の家に遊びに行くのは宿題をやってからとか、
大人なら、週に何度かは「休肝日」を作るとか、
やはり、こういうことを徹底するというのは大事なんですね。
これらはある程度強い意志がないとできません。
というか、続けようとしないことには意志は固まってきません。
なるほどと思いました。
ここで思い出したのが、6月9日のブログに書いた、「基礎」と「基盤」について。
どちらも、学力をつける上での「土台」には違いないけど、
「基礎」が新しく作るものだとしたら、「基盤」は既にあるもの。
と、その時はここまで書きましたが、
基盤は、「生活習慣」や、「その人が置かれている環境」を指すのだと思います。
良い生活習慣は、規則正しい生活のことです。
習慣は、当たり前のことをやり続けることです。
スポーツでも、勉強でも、仕事でも、「できる人」ほど当たり前のことを徹底しています。
基盤が脆いようならその上に基礎を構築することはできませんから、「大改修」が必要です。
大人のアスリートなら「自分で改善しろ」という話ですが、
基礎学力をつけようとしている小中学生には、周囲の協力が不可欠です。
定期的に生活習慣を点検してみるといいと思います。
その他
2020年9月11日(金) 入試は関門
今週から中3生を対象とした入試対策特別講座(略称「特講」)が始まりました。
第1回は数学でした。
「数学3倍デー」といきたかったところですが、2時間だけですので1.5倍デーくらいですね。
入試レベルの問題ですから、必ず苦戦するようになっています。
でも本当に力のある人は、多少苦戦はしても高得点が取れます。
通知表が5でも、取れない人は取れません。普段のテストとは違います。
取れる人と取れない人、だいたい予想通りでした。
この特講は、困難を乗り越えるための訓練です。
入試は試練であり、「関門」です。
数年前からの傾向で、思考力や判断力が必要な内容になっています。
本当によく考えて問題が作られているなと思います(数学だけではなく、全教科です)。
先ほど「入試は関門」だと書きましたが、これはもちろん志望校に入るための関門ですね。
でも実際に問題を解いてみて思うのは、
果たしてこれは入試だけの関門か?
ということです。
思考力や判断力の他に、「主体性」が問われているように思えてならないのです。
これは実は「社会に出るための関門」ではないかと。
突然の「コロナ不況」で、就職戦線が売り手市場から買い手市場に激変しました。
今までの売り手市場なら、猫の手も借りたいくらいだから、求職者が多少アレでも採用されましたが、これからの買い手市場の時代には徹底的にふるいにかけられるようになります。
自分も就職氷河期世代で、転職も超氷河期でした。
転職した頃にある経営者の方が言っていました。
「こんな不況では人材育成にコストはかけられないから、勝手に伸びていきそうな奴を獲る!」
それを選考で見極めるんですね。
主体性が大事だということですね。
売り手市場の時代に就職できた人も決して安泰ではありません。
上司や先輩から教えてもらえるのが当たり前だと思っている人、周りから声をかけてもらえるのを待っている人は、これからは生きづらくなると言われていますね。
ちなみに自分がお世話になった会社では、
最初に入った会社はまだよかったですが、転職先(学習塾)ではほったらかしでした。
先輩社員は皆自分の仕事だけで精一杯で(社長は〇策で手一杯)、あまり構ってもらえませんでした。自分で何とかするしかありませんでした。
これが現実ですね。大変なのは会社に入るまでではなく、入ってからです。
今の中3生のみなさんが就職する頃にどうなっているかはわかりませんが、「備え」はしておいた方がよいでしょう。
この入試特講は、やりようによっては主体性を身につける絶好の機会かもしれません。
試験問題と格闘している間、守らなければならない最低限のルールさえ守れば、どのように振舞うかは自由です。
振舞い方で結果も変わってきます。
今回の数学でみなさんに伝えたかったのは、その振舞い方に関して、いかに自分で工夫を施せるかということです(できることはすべてやる)。
待っていてもヒントは降ってきません。
自分から正解の方へ近づいていく、取りに行くという姿勢ですね。これを身につけたい。
訓練はまだ始まったばかりです。
力をつけて、関門を突破しましょう。
第1回は数学でした。
「数学3倍デー」といきたかったところですが、2時間だけですので1.5倍デーくらいですね。
入試レベルの問題ですから、必ず苦戦するようになっています。
でも本当に力のある人は、多少苦戦はしても高得点が取れます。
通知表が5でも、取れない人は取れません。普段のテストとは違います。
取れる人と取れない人、だいたい予想通りでした。
この特講は、困難を乗り越えるための訓練です。
入試は試練であり、「関門」です。
数年前からの傾向で、思考力や判断力が必要な内容になっています。
本当によく考えて問題が作られているなと思います(数学だけではなく、全教科です)。
先ほど「入試は関門」だと書きましたが、これはもちろん志望校に入るための関門ですね。
でも実際に問題を解いてみて思うのは、
果たしてこれは入試だけの関門か?
ということです。
思考力や判断力の他に、「主体性」が問われているように思えてならないのです。
これは実は「社会に出るための関門」ではないかと。
突然の「コロナ不況」で、就職戦線が売り手市場から買い手市場に激変しました。
今までの売り手市場なら、猫の手も借りたいくらいだから、求職者が多少アレでも採用されましたが、これからの買い手市場の時代には徹底的にふるいにかけられるようになります。
自分も就職氷河期世代で、転職も超氷河期でした。
転職した頃にある経営者の方が言っていました。
「こんな不況では人材育成にコストはかけられないから、勝手に伸びていきそうな奴を獲る!」
それを選考で見極めるんですね。
主体性が大事だということですね。
売り手市場の時代に就職できた人も決して安泰ではありません。
上司や先輩から教えてもらえるのが当たり前だと思っている人、周りから声をかけてもらえるのを待っている人は、これからは生きづらくなると言われていますね。
ちなみに自分がお世話になった会社では、
最初に入った会社はまだよかったですが、転職先(学習塾)ではほったらかしでした。
先輩社員は皆自分の仕事だけで精一杯で(社長は〇策で手一杯)、あまり構ってもらえませんでした。自分で何とかするしかありませんでした。
これが現実ですね。大変なのは会社に入るまでではなく、入ってからです。
今の中3生のみなさんが就職する頃にどうなっているかはわかりませんが、「備え」はしておいた方がよいでしょう。
この入試特講は、やりようによっては主体性を身につける絶好の機会かもしれません。
試験問題と格闘している間、守らなければならない最低限のルールさえ守れば、どのように振舞うかは自由です。
振舞い方で結果も変わってきます。
今回の数学でみなさんに伝えたかったのは、その振舞い方に関して、いかに自分で工夫を施せるかということです(できることはすべてやる)。
待っていてもヒントは降ってきません。
自分から正解の方へ近づいていく、取りに行くという姿勢ですね。これを身につけたい。
訓練はまだ始まったばかりです。
力をつけて、関門を突破しましょう。
中学生
2020年9月3日(木) 2学期は次年度の準備期間
9月になりました。
8月は真ん中の2週間を除いて、この酷暑にもかかわらず学校があって(しかも給食がなかったり部活まであったりして)大変だったと思いますが、みなさんお疲れさまでした。
当教室でも大きな混乱もなく無事に夏期講習を乗り切ることができました(中3はまだ少しありますが)。これも皆様のご理解、ご協力の賜物です。ありがとうございました。
さて、2学期です。
新コロ騒ぎの影響で、夏休みまではかなり変則的なスケジュールでしたが、
一部学校行事の変更を除き、定期テストの日程などは概ね例年通りになるかと思います。
今日は2学期について意識すべきことを書いてみます。
2学期は、来年度の準備をする時期です。
学習塾を運営する側からいえば、次年度の教室運営をどうするかを決めるのは秋です。
来年度も教室を運営するのか→するorしない
から始まって(当然「する」を選択しますが)、何かシステムを変更するのであれば12月までには決めておかなければなりません。
いろいろ考えこむ時期です。
まあこれは余談です。
では生徒のみなさんが次年度の準備に何をすべきか?
一言でいえば、
目の前のことを一つずつやっていく
これしかないですね。
目の前のこととはもちろん2学期の勉強。
つまり、
2学期の勉強をサボったら来年困るよ
ということです。
2学期は、勉強が難しくなる時期です。
学年が上がるごとにステップアップしていくので、当然ですが過去の学年で習ったことが定着しているという前提でカリキュラムが構成されています。
もし何らかの不安材料があるとして、
2学期に授業がわからなくなってきてそのまま来年に…
ではなく、
「このあたりで何とかしなければ!」と思ったときに手を打つ、
これは大事なことだと思います。
繰り返しますが、
目の前のことを一つずつやっていく
これしかありません。
「一つずつ」が、やがて実を結びます。
8月は真ん中の2週間を除いて、この酷暑にもかかわらず学校があって(しかも給食がなかったり部活まであったりして)大変だったと思いますが、みなさんお疲れさまでした。
当教室でも大きな混乱もなく無事に夏期講習を乗り切ることができました(中3はまだ少しありますが)。これも皆様のご理解、ご協力の賜物です。ありがとうございました。
さて、2学期です。
新コロ騒ぎの影響で、夏休みまではかなり変則的なスケジュールでしたが、
一部学校行事の変更を除き、定期テストの日程などは概ね例年通りになるかと思います。
今日は2学期について意識すべきことを書いてみます。
2学期は、来年度の準備をする時期です。
学習塾を運営する側からいえば、次年度の教室運営をどうするかを決めるのは秋です。
来年度も教室を運営するのか→するorしない
から始まって(当然「する」を選択しますが)、何かシステムを変更するのであれば12月までには決めておかなければなりません。
いろいろ考えこむ時期です。
まあこれは余談です。
では生徒のみなさんが次年度の準備に何をすべきか?
一言でいえば、
目の前のことを一つずつやっていく
これしかないですね。
目の前のこととはもちろん2学期の勉強。
つまり、
2学期の勉強をサボったら来年困るよ
ということです。
2学期は、勉強が難しくなる時期です。
学年が上がるごとにステップアップしていくので、当然ですが過去の学年で習ったことが定着しているという前提でカリキュラムが構成されています。
もし何らかの不安材料があるとして、
2学期に授業がわからなくなってきてそのまま来年に…
ではなく、
「このあたりで何とかしなければ!」と思ったときに手を打つ、
これは大事なことだと思います。
繰り返しますが、
目の前のことを一つずつやっていく
これしかありません。
「一つずつ」が、やがて実を結びます。
中学生
