2016年10月3日(月) 読書の秋
以前電車通勤をしていた頃は、電車内では必ず読書をしていました。
今でも電車に乗るときには、電車内での数時間が退屈にならないように文庫本等を携帯していますが、最近読書量が減ってきているように感じたので、先月から寝る前に20分ほどですが読書タイムを設けるようにしました。
以前読んだ歴史小説ですが、長編なのでしばらくは読書の習慣が保てそうです。
なぜ「勉強の秋」ではなく「読書の秋」について書こうと思ったかというと、読書の習慣の有無が少なからず勉強に影響しているように思えてならないからです。
ホームページにも成績アップや合格の体験談を掲載していますが、作文を読めば、「この子は読書の習慣があるな。」とか、「この子は読み書きの量が足りないな。」と感じることがあります。
文章力というのは国語力の重要な要素であることは間違いありませんが、文章を読むということは、国語という分野だけにとどまらず、学力全般に多大な影響を及ぼしているように思います。
一つ例を挙げて考えてみたいと思います。
小説を読むのと、その小説を原作としたテレビドラマや映画を見る場合、
どちらが楽かと言えば、もちろん後者になります。
小説は活字です。ドラマや映画は映像です。
小説だと主人公が置かれている状況や、主人公とその他の登場人物がどういう関係なのか等といった、いろいろなことを考えながら読んでいかなければなりません。文章に書いてある内容を頭に入れようと思ったら、集中力が必要になります。
映像だとそれらのことは見ればわかる、セリフやナレーションで説明してくれるので、頭を働かせる必要がありません。つまりわかりやすいということです。
テレビや映画だけの時代だったら、それらを視聴できる場所は限られますが、現代ではパソコンやスマホ等で、いつでも、どこでも映像が見られるようになっています。
完全に映像>活字の時代です。
余談ですが、最近では学習塾や予備校の授業も、タブレットで講師の解説が再生できるようなシステムになっていたりします。
以前、無料体験授業に来られた保護者様から、「タブレットが普及してきて、うちもやらないといけないと思って、あわててタブレットを買った。」ということをお聞きしましたが、映像教材が普及してきたからと言っても、そうしなければ学力がつかないというわけではありません。
プロのスポーツ選手でも、練習や試合での自分の動作をコーチに撮影してもらって、その場で再生、動作のチェックや、必要があれば動作の修正等に役立てたりしていています。映像は便利な道具であることは間違いないのですが、成果を上げるための手段の一つに過ぎないということです。
映像は、見るだけで大体の情報が向こうからやってきます。
文章は、見るだけでは何も得られません。まずはじっくりと読んで、この文章はどういうことを言おうとしているのかを考えなければなりません。自分から情報を取りに行かなければならなくなっているので、集中力がつきます。
映像を見るという行為だけに偏りすぎると、前述のように文章を読んで頭を働かせる訓練が疎かになります。
読んで、考えて、情報を記憶する。読むだけではなく、書いて記憶を定着させる。
学力(=記憶力、集中力、注意力、思考力等)が極端に低い子が増えてきているのは、これらのことができない子が増えてきていることでもあると思います。
現代において、映像を見ない生活をしろ、というのは無理な話だとは思いますが、バランスをとるということが大事です。
本屋さんや図書館に行って、新しい本を見つけに行ってもいいですし、以前にも書きましたが、読んだことがある本でも、久しぶりに読んでみると新たな発見があります。最近読書をしていないなと感じている方は、「読書タイム」を設けてみてはいかがでしょうか。
今でも電車に乗るときには、電車内での数時間が退屈にならないように文庫本等を携帯していますが、最近読書量が減ってきているように感じたので、先月から寝る前に20分ほどですが読書タイムを設けるようにしました。
以前読んだ歴史小説ですが、長編なのでしばらくは読書の習慣が保てそうです。
なぜ「勉強の秋」ではなく「読書の秋」について書こうと思ったかというと、読書の習慣の有無が少なからず勉強に影響しているように思えてならないからです。
ホームページにも成績アップや合格の体験談を掲載していますが、作文を読めば、「この子は読書の習慣があるな。」とか、「この子は読み書きの量が足りないな。」と感じることがあります。
文章力というのは国語力の重要な要素であることは間違いありませんが、文章を読むということは、国語という分野だけにとどまらず、学力全般に多大な影響を及ぼしているように思います。
一つ例を挙げて考えてみたいと思います。
小説を読むのと、その小説を原作としたテレビドラマや映画を見る場合、
どちらが楽かと言えば、もちろん後者になります。
小説は活字です。ドラマや映画は映像です。
小説だと主人公が置かれている状況や、主人公とその他の登場人物がどういう関係なのか等といった、いろいろなことを考えながら読んでいかなければなりません。文章に書いてある内容を頭に入れようと思ったら、集中力が必要になります。
映像だとそれらのことは見ればわかる、セリフやナレーションで説明してくれるので、頭を働かせる必要がありません。つまりわかりやすいということです。
テレビや映画だけの時代だったら、それらを視聴できる場所は限られますが、現代ではパソコンやスマホ等で、いつでも、どこでも映像が見られるようになっています。
完全に映像>活字の時代です。
余談ですが、最近では学習塾や予備校の授業も、タブレットで講師の解説が再生できるようなシステムになっていたりします。
以前、無料体験授業に来られた保護者様から、「タブレットが普及してきて、うちもやらないといけないと思って、あわててタブレットを買った。」ということをお聞きしましたが、映像教材が普及してきたからと言っても、そうしなければ学力がつかないというわけではありません。
プロのスポーツ選手でも、練習や試合での自分の動作をコーチに撮影してもらって、その場で再生、動作のチェックや、必要があれば動作の修正等に役立てたりしていています。映像は便利な道具であることは間違いないのですが、成果を上げるための手段の一つに過ぎないということです。
映像は、見るだけで大体の情報が向こうからやってきます。
文章は、見るだけでは何も得られません。まずはじっくりと読んで、この文章はどういうことを言おうとしているのかを考えなければなりません。自分から情報を取りに行かなければならなくなっているので、集中力がつきます。
映像を見るという行為だけに偏りすぎると、前述のように文章を読んで頭を働かせる訓練が疎かになります。
読んで、考えて、情報を記憶する。読むだけではなく、書いて記憶を定着させる。
学力(=記憶力、集中力、注意力、思考力等)が極端に低い子が増えてきているのは、これらのことができない子が増えてきていることでもあると思います。
現代において、映像を見ない生活をしろ、というのは無理な話だとは思いますが、バランスをとるということが大事です。
本屋さんや図書館に行って、新しい本を見つけに行ってもいいですし、以前にも書きましたが、読んだことがある本でも、久しぶりに読んでみると新たな発見があります。最近読書をしていないなと感じている方は、「読書タイム」を設けてみてはいかがでしょうか。
