2020年5月9日(土) 勉強は何のためにするのか
数学の予習を進めていますが、計算の単元が続きます。
授業も宿題も、指導の際のチェック項目は答えが合っているかではありません。もちろんそこを目指すのですが、もっと大事なことがあります。
早く正確に解くために(つまり成果を上げるために)どれだけの策を自分で施したかです。
私は常々、
数学は仕事と同じ
と言っています。
将来数学の先生や塾講師にでもならない限りは、仕事で数学を扱うことはないでしょうが、そういうことではありません。
できるだけ早く、正確に仕上げることを要求されるからです。
たかが計算問題と思われるかもしれませんが(だって文章問題とか関数ほど難しくないですからね)、計算といっても、行が変わるたびに「判断」を要求されるわけです。最初の式から答えが出るまで、
「自分で決める」
ことの連続なのです。
なんとなく教科書の例題通りにやっているだけでは、
「やれ。」と命令されて動いただけなので、自分で決めたことにはなりません。
教科書には書かれていない、
「ミスをしないために、自分はどうすべきか」
「できるだけ早く終わらせるために、自分はどうすべきか」
を考えて、
そのための「策」をどれだけ施せるかという点を重視したいと思っています。
あくまで主語は自分なのです。
図形の問題なら、補助線をどこに引くか。
方程式なら、等しい関係にあるのはどれとどれか。
英語の文を書くときも、単語の順番を自分で決めて配置しますね。
決めるのは自分です。
どんな分野でも、他人が決めたことばかりをして成功した人はいないと思います。
成功した人は、強烈な信念のもとに自分で決断を下した経験が豊富なのです。
勉強に対する意識が、
「教科書に書いてあるからその通りやる」「先生が黒板に書いたのをそのまま書き写す」
で止まっている人(つまり「決められたこと」だけをする人)は伸びないと思います(「決められたこと」すらしない人は論外ですが)。
成長するためにはそれ以上の「決められていないこと」をどれだけ施すか(これが主体性というやつですね)にかかっていると思います。
勉強の目的はこういうことなのではないかと最近特に思います。
昨日の新聞ですが、やはり新型コロナウイルス関連の記事に目が行きます。
これ以上休業要請に応じるとお店がやっていけなくなるので営業再開を決断したという方々のコメントが一面に載っていました。
そして今日はインターネットで、先を見越して余裕があるうちに会社をたたむ決断をした方について話題になっていました。
営業するにしても休業するにしても廃業するにしても「自分で決める」しかないですね。
考えに考え抜いた末の決断なので外野がとやかく言うことではありません(「自粛警察」なんていうのも新聞の一面に載ったりして話題になっていますが、悩んだ末に営業することを決断した人に文句つけるなんて言語道断です)。
勉強をすれば「自分で決める」経験が積めます。
昨日の授業で何人かの生徒さんに、提出してもらった宿題について助言(←これは教科書には載っていないことです)をしましたが、この子たちはまだまだ「自分で決める」ことについての意識が甘いのです。施せる策はまだまだあったはずです。自分のためにできることをこれでもかってくらい探して、全部やってほしいのです。
この「自分で決める」ということを日々の勉強を通じて磨いていってほしいと思います。
で き る こ と は す べ て や る 。
授業も宿題も、指導の際のチェック項目は答えが合っているかではありません。もちろんそこを目指すのですが、もっと大事なことがあります。
早く正確に解くために(つまり成果を上げるために)どれだけの策を自分で施したかです。
私は常々、
数学は仕事と同じ
と言っています。
将来数学の先生や塾講師にでもならない限りは、仕事で数学を扱うことはないでしょうが、そういうことではありません。
できるだけ早く、正確に仕上げることを要求されるからです。
たかが計算問題と思われるかもしれませんが(だって文章問題とか関数ほど難しくないですからね)、計算といっても、行が変わるたびに「判断」を要求されるわけです。最初の式から答えが出るまで、
「自分で決める」
ことの連続なのです。
なんとなく教科書の例題通りにやっているだけでは、
「やれ。」と命令されて動いただけなので、自分で決めたことにはなりません。
教科書には書かれていない、
「ミスをしないために、自分はどうすべきか」
「できるだけ早く終わらせるために、自分はどうすべきか」
を考えて、
そのための「策」をどれだけ施せるかという点を重視したいと思っています。
あくまで主語は自分なのです。
図形の問題なら、補助線をどこに引くか。
方程式なら、等しい関係にあるのはどれとどれか。
英語の文を書くときも、単語の順番を自分で決めて配置しますね。
決めるのは自分です。
どんな分野でも、他人が決めたことばかりをして成功した人はいないと思います。
成功した人は、強烈な信念のもとに自分で決断を下した経験が豊富なのです。
勉強に対する意識が、
「教科書に書いてあるからその通りやる」「先生が黒板に書いたのをそのまま書き写す」
で止まっている人(つまり「決められたこと」だけをする人)は伸びないと思います(「決められたこと」すらしない人は論外ですが)。
成長するためにはそれ以上の「決められていないこと」をどれだけ施すか(これが主体性というやつですね)にかかっていると思います。
勉強の目的はこういうことなのではないかと最近特に思います。
昨日の新聞ですが、やはり新型コロナウイルス関連の記事に目が行きます。
これ以上休業要請に応じるとお店がやっていけなくなるので営業再開を決断したという方々のコメントが一面に載っていました。
そして今日はインターネットで、先を見越して余裕があるうちに会社をたたむ決断をした方について話題になっていました。
営業するにしても休業するにしても廃業するにしても「自分で決める」しかないですね。
考えに考え抜いた末の決断なので外野がとやかく言うことではありません(「自粛警察」なんていうのも新聞の一面に載ったりして話題になっていますが、悩んだ末に営業することを決断した人に文句つけるなんて言語道断です)。
勉強をすれば「自分で決める」経験が積めます。
昨日の授業で何人かの生徒さんに、提出してもらった宿題について助言(←これは教科書には載っていないことです)をしましたが、この子たちはまだまだ「自分で決める」ことについての意識が甘いのです。施せる策はまだまだあったはずです。自分のためにできることをこれでもかってくらい探して、全部やってほしいのです。
この「自分で決める」ということを日々の勉強を通じて磨いていってほしいと思います。
で き る こ と は す べ て や る 。
