2020年11月24日(火) 体で覚えよ
週末は2日間、期末テスト対策演習(以下テ対演)でした。
定期テストごとに2日間、通常の授業とは別に演習日を設けています。
その内容は、
問題をひたすら解く!
普段からそうなんですけどね、テ対演は特にその傾向が強いですね。
この世界に入って1、2年目の頃に、同じ市内の別校舎に用事があって行ったら、たまたま「テスト対策授業」の真っ最中だったことがあります。
ちょうどある社員(注・教室1軒切り盛りできる力量がないから、教室長ではない)が中1相手に熱弁をふるっているところでした。
塾長(っぽい人)は中2だったか中3だったかは忘れましたが、同じく熱弁をふるっていました。
その光景が衝撃的でした。
普通の「授業」なんですよ。
集団塾ほど人数は多くないんですけど、普通の集団授業。
自分が勤務していた奥町校(注・現在地とは違う)ではそんな形式のテスト対策はやっていませんでした(どういう形式で行うべきか、模索している時期でした)。
奥町校の前任者(注・会ったことない)は同じような形式で熱弁ふるうスタイルの「授業」をしていたらしいですが。
衝撃的だったのは、
個別指導塾なのに集団授業をやっている。
とか、そんなことではなくて、
熱弁をふるっている講師を見ている生徒たちの様子が衝撃的だったのです。
ポカンとした表情で、ただ見つめているだけ。
シャープペンシルを持った手は止まったまま。
その「熱弁」の長いこと長いこと。
その時こう思いました。
この子たち今、頭働いてないだろ。
だって見ているだけなんですもん。
見ているだけ、聞いているだけの時って、頭は働いていないんですよ。
次から次に問題を解いて、手を動かしている方が圧倒的に頭が働きます。
もちろん説明を聞く時間は必要ですよ。
今回のテ対演でも、問題を解いている生徒を一人ずつ捕まえていっぱい説明しました。
でも、やはり何かを身につけたいのであれば、生徒を拘束する時間は最小限にとどめて、問題と格闘してもらう時間を多くした方がよいのです。
その塾長っぽい人は、
「これを〇時間やるんだぜ。凄いだろ。」
と言いました。
私は、
「すごいですね(どこが凄いんやこれの)。」
と答えました(思いました)。
だからあれ以来、説明ばかりの対策授業をやろうとは思いません。
昨日だと、
中3生が図形の問題で苦戦していましたけど、図の中からヒントを見つけ出すのは自分で試行錯誤しながらやるしかありません。
中3はもちろん英語も難しいですね。関係代名詞とか後置修飾でみんな苦労しています。
いずれも、
初めに「こうすればできる」みたいな説明を聞いて → 問題に回答する → すぐにできる
わけがありません。
説明を聞いて理解できたとしても、できるようにはなっていません。
やってみたら何度も間違えるというのが普通です。
間違えたらすかさず助言を行い、その後直ちに再チャレンジしてもらいます。
例えば図形の中からヒントを見つけ出すにはそれなりの能力が要りますが、
その能力は、繰り返し問題に挑んで、試行錯誤することで発達するものです。
できるようになるまで何度もやる。何度も繰り返しているうちに、気づいたらサッとできるようになっている。
つまりは、体で覚える。
まだ「教えてもらう」という受け身姿勢が強い人もいますが、
「自分でやってみて、自分でつかみ取る」という意識に変わってきている人もいます。
繰り返しやっているから意識が変わってくるんですよ。
そういう経験を積むのが勉強です。
定期テストごとに2日間、通常の授業とは別に演習日を設けています。
その内容は、
問題をひたすら解く!
普段からそうなんですけどね、テ対演は特にその傾向が強いですね。
この世界に入って1、2年目の頃に、同じ市内の別校舎に用事があって行ったら、たまたま「テスト対策授業」の真っ最中だったことがあります。
ちょうどある社員(注・教室1軒切り盛りできる力量がないから、教室長ではない)が中1相手に熱弁をふるっているところでした。
塾長(っぽい人)は中2だったか中3だったかは忘れましたが、同じく熱弁をふるっていました。
その光景が衝撃的でした。
普通の「授業」なんですよ。
集団塾ほど人数は多くないんですけど、普通の集団授業。
自分が勤務していた奥町校(注・現在地とは違う)ではそんな形式のテスト対策はやっていませんでした(どういう形式で行うべきか、模索している時期でした)。
奥町校の前任者(注・会ったことない)は同じような形式で熱弁ふるうスタイルの「授業」をしていたらしいですが。
衝撃的だったのは、
個別指導塾なのに集団授業をやっている。
とか、そんなことではなくて、
熱弁をふるっている講師を見ている生徒たちの様子が衝撃的だったのです。
ポカンとした表情で、ただ見つめているだけ。
シャープペンシルを持った手は止まったまま。
その「熱弁」の長いこと長いこと。
その時こう思いました。
この子たち今、頭働いてないだろ。
だって見ているだけなんですもん。
見ているだけ、聞いているだけの時って、頭は働いていないんですよ。
次から次に問題を解いて、手を動かしている方が圧倒的に頭が働きます。
もちろん説明を聞く時間は必要ですよ。
今回のテ対演でも、問題を解いている生徒を一人ずつ捕まえていっぱい説明しました。
でも、やはり何かを身につけたいのであれば、生徒を拘束する時間は最小限にとどめて、問題と格闘してもらう時間を多くした方がよいのです。
その塾長っぽい人は、
「これを〇時間やるんだぜ。凄いだろ。」
と言いました。
私は、
「すごいですね(どこが凄いんやこれの)。」
と答えました(思いました)。
だからあれ以来、説明ばかりの対策授業をやろうとは思いません。
昨日だと、
中3生が図形の問題で苦戦していましたけど、図の中からヒントを見つけ出すのは自分で試行錯誤しながらやるしかありません。
中3はもちろん英語も難しいですね。関係代名詞とか後置修飾でみんな苦労しています。
いずれも、
初めに「こうすればできる」みたいな説明を聞いて → 問題に回答する → すぐにできる
わけがありません。
説明を聞いて理解できたとしても、できるようにはなっていません。
やってみたら何度も間違えるというのが普通です。
間違えたらすかさず助言を行い、その後直ちに再チャレンジしてもらいます。
例えば図形の中からヒントを見つけ出すにはそれなりの能力が要りますが、
その能力は、繰り返し問題に挑んで、試行錯誤することで発達するものです。
できるようになるまで何度もやる。何度も繰り返しているうちに、気づいたらサッとできるようになっている。
つまりは、体で覚える。
まだ「教えてもらう」という受け身姿勢が強い人もいますが、
「自分でやってみて、自分でつかみ取る」という意識に変わってきている人もいます。
繰り返しやっているから意識が変わってくるんですよ。
そういう経験を積むのが勉強です。
