2022年7月6日(水) 「子どもたちのため」が全然子どもたちのためになっていない
選挙前なので、各政党や候補者の教育政策を目にすることが多いです。
選挙と関係がなくても、近隣の自治体から「子どもたちのため」と称して
「〇〇を廃止しました」とか「△△△△を廃止したい」(←あえて伏字にします)
といった情報がつい先日入ってきました。
子どもたちの負担を軽減したいのだそうです。
その記事を読むと、運営側の言っていることは一見もっともらしいのですが、
総合的に考えると、全然子供たちのためになっていません。
〇〇も△△△△も学力向上には不可欠なものです。
それを廃止することによって学力向上の機会をどう担保するかという話になると、
運営側の言っていることはかなり怪しいです。
「子どもたちの負担を軽くしてあげる」と言えば、
多くの人が「それもそうだな。」と感じると思います。
でも、一時的に負担を取り除いたところで、その先には、
さらなる負担が待ち構えているのです。
そこまで考えての「子どもたちのため」
ではないのです。
ちょっとわかりにくいと思いますが、負担に感じるのは基礎学力が十分についていないからで、
一時的に負担を軽減したところで学力不足であることには変わりがないわけですから、
何の解決にもなりません(基礎学力がついていれば負担というほどのものではないのです)。
本当に「子どもたちのため」を思うのであれば、
毎日通っていても基礎学力がつかない小学校の現状を何とかすべきです。
先日の面談で、
高校入試の変更点について、
教育長は「受験者のみなさんのために変更することにしました」と言っていますが、
あれは運営側の都合でしかなく、決して受験生のためにはなっていません。
というお話をしましたが、
日頃メディアを通じて、あるいは直接人から聞いたりして入ってくる情報で、
「子どもたちのために現状の制度を変更します」
といった類のものは、その多くは運営側の負担軽減を目的としたもので、
総合的に見れば逆効果でしかないものが多いです。
今回の高校入試制度変更のように、何らかの環境の変化に直面した時どのように対処して行ったらいいか、
そのあたりのお話はまた秋の面談でしようと思います。
選挙と関係がなくても、近隣の自治体から「子どもたちのため」と称して
「〇〇を廃止しました」とか「△△△△を廃止したい」(←あえて伏字にします)
といった情報がつい先日入ってきました。
子どもたちの負担を軽減したいのだそうです。
その記事を読むと、運営側の言っていることは一見もっともらしいのですが、
総合的に考えると、全然子供たちのためになっていません。
〇〇も△△△△も学力向上には不可欠なものです。
それを廃止することによって学力向上の機会をどう担保するかという話になると、
運営側の言っていることはかなり怪しいです。
「子どもたちの負担を軽くしてあげる」と言えば、
多くの人が「それもそうだな。」と感じると思います。
でも、一時的に負担を取り除いたところで、その先には、
さらなる負担が待ち構えているのです。
そこまで考えての「子どもたちのため」
ではないのです。
ちょっとわかりにくいと思いますが、負担に感じるのは基礎学力が十分についていないからで、
一時的に負担を軽減したところで学力不足であることには変わりがないわけですから、
何の解決にもなりません(基礎学力がついていれば負担というほどのものではないのです)。
本当に「子どもたちのため」を思うのであれば、
毎日通っていても基礎学力がつかない小学校の現状を何とかすべきです。
先日の面談で、
高校入試の変更点について、
教育長は「受験者のみなさんのために変更することにしました」と言っていますが、
あれは運営側の都合でしかなく、決して受験生のためにはなっていません。
というお話をしましたが、
日頃メディアを通じて、あるいは直接人から聞いたりして入ってくる情報で、
「子どもたちのために現状の制度を変更します」
といった類のものは、その多くは運営側の負担軽減を目的としたもので、
総合的に見れば逆効果でしかないものが多いです。
今回の高校入試制度変更のように、何らかの環境の変化に直面した時どのように対処して行ったらいいか、
そのあたりのお話はまた秋の面談でしようと思います。
