2023年6月27日(火) シリウス紀行【10】愛知県小牧市
愛知県小牧市。
濃尾平野のほぼ中央部にある小牧山は、標高85.9mの独立した山です。

(小牧山)
永禄6年(1563年)、織田信長が清須から居城を移したことで、
初めて「小牧山城」として歴史の表舞台に登場しました。
近年の発掘調査により、山頂部には2~3段の立派な石垣が築かれ、山麓には城下町があったことがわかってきました。
山頂部では発掘調査とともに、信長が築いた石垣の復元整備が進んでいます。

(2019年4月、復元整備前の山頂部西側)
↓

(2023年6月、復元整備後の山頂部西側)

(かつての城下町から見る小牧山城)
山麓にある小牧市役所には、城下町から城内につながる大手道の位置を示す表示が、建物の内外にあります。

(城下町から城内につながる大手道を示すライン)
小牧の地で始まった信長の城づくり・町づくりは、その後居城を移した岐阜城(岐阜県岐阜市)、安土城(滋賀県近江八幡市)で発展し、石垣の上に天守と呼ばれる高層建築が聳え立ち、城の周囲に城下町が広がる形式が定着しました。

(小牧山山頂から望む金華山・岐阜城)
信長の死後は、大坂城を築いた羽柴(豊臣)秀吉、江戸城を築いた徳川家康へと受け継がれ、彼らが全国各地に配置した大名によって全国に普及していきました。
<余話>
山頂に建つ小牧山歴史館は、一宮市開明出身の実業家・平松茂氏が私財を投じて建設し、昭和43年に小牧市に寄贈されたものです。織田信長や小牧・長久手の戦いに関する資料が展示されています。

(小牧市歴史館)
また、小牧山は、徳川家康が羽柴秀吉と戦った小牧・長久手の戦いで家康が陣地としたことでも有名です。
戦いに備えて家康が設けたといわれる大規模な土塁と空堀が整備されています。

(山麓に復元された土塁と空堀)
☆アクセス
「小牧山(小牧山城)」
(愛知県小牧市)
名鉄小牧線東小牧駅より徒歩20分
★小学生の授業では、毎月第3週に「シリウス紀行」の時間を設けています。
地理、歴史や各地の文化に触れることで、好奇心を育みます。
濃尾平野のほぼ中央部にある小牧山は、標高85.9mの独立した山です。

(小牧山)
永禄6年(1563年)、織田信長が清須から居城を移したことで、
初めて「小牧山城」として歴史の表舞台に登場しました。
近年の発掘調査により、山頂部には2~3段の立派な石垣が築かれ、山麓には城下町があったことがわかってきました。
山頂部では発掘調査とともに、信長が築いた石垣の復元整備が進んでいます。

(2019年4月、復元整備前の山頂部西側)
↓

(2023年6月、復元整備後の山頂部西側)

(かつての城下町から見る小牧山城)
山麓にある小牧市役所には、城下町から城内につながる大手道の位置を示す表示が、建物の内外にあります。

(城下町から城内につながる大手道を示すライン)
小牧の地で始まった信長の城づくり・町づくりは、その後居城を移した岐阜城(岐阜県岐阜市)、安土城(滋賀県近江八幡市)で発展し、石垣の上に天守と呼ばれる高層建築が聳え立ち、城の周囲に城下町が広がる形式が定着しました。

(小牧山山頂から望む金華山・岐阜城)
信長の死後は、大坂城を築いた羽柴(豊臣)秀吉、江戸城を築いた徳川家康へと受け継がれ、彼らが全国各地に配置した大名によって全国に普及していきました。
<余話>
山頂に建つ小牧山歴史館は、一宮市開明出身の実業家・平松茂氏が私財を投じて建設し、昭和43年に小牧市に寄贈されたものです。織田信長や小牧・長久手の戦いに関する資料が展示されています。

(小牧市歴史館)
また、小牧山は、徳川家康が羽柴秀吉と戦った小牧・長久手の戦いで家康が陣地としたことでも有名です。
戦いに備えて家康が設けたといわれる大規模な土塁と空堀が整備されています。

(山麓に復元された土塁と空堀)
☆アクセス
「小牧山(小牧山城)」
(愛知県小牧市)
名鉄小牧線東小牧駅より徒歩20分
★小学生の授業では、毎月第3週に「シリウス紀行」の時間を設けています。
地理、歴史や各地の文化に触れることで、好奇心を育みます。
