2024年10月26日(土) シリウス紀行【26】滋賀県彦根市
滋賀県彦根市。
彦根城は、全国に五つしかない国宝の天守を持つ城の一つです。

(国宝・彦根城天守)
慶長5年(1600年)、関ケ原の戦いに勝利した徳川家康は、石田三成の居城だった佐和山城(彦根市)を、「井伊の赤鬼」と敵から恐れられ、「徳川四天王」の一人に数えられる井伊直政に与えました。

(彦根城から望む佐和山)
彦根城は佐和山城に代わる井伊家の居城として、直政が死去した2年後の慶長9年に築城が開始されました。

(佐和山城本丸跡から望む彦根城と琵琶湖)
建物や石垣は近くの古い城のものが再利用されました。

(長浜城からの移築と伝わる天秤櫓)
城のシンボルである天守は、籠城戦に耐えた「めでたい天守」であるとして、家康の命令で大津城(大津市)から移されたといわれています。

(大津城跡)
武士の時代が終わると城の解体が決まり、明治11年(1878年)10月には天守を解体するための足場が組まれました。

(明治時代に建物が解体された大手門)
そのころ北陸訪問を終えた明治天皇が付近に宿泊しました。
随行していた大隈重信が城の保存を願い出ると、それが認められ、一転して保存が決まりました。




(城内の大名庭園・玄宮園から望む彦根城天守)
二度の「落城」の危機を脱した彦根城は、「落ちない城」として一部の受験生の人気を集めています。

☆アクセス
「彦根城」
(滋賀県彦根市)
JR東海道本線・近江鉄道 彦根駅 下車、徒歩15分
彦根城は、全国に五つしかない国宝の天守を持つ城の一つです。

(国宝・彦根城天守)
慶長5年(1600年)、関ケ原の戦いに勝利した徳川家康は、石田三成の居城だった佐和山城(彦根市)を、「井伊の赤鬼」と敵から恐れられ、「徳川四天王」の一人に数えられる井伊直政に与えました。

(彦根城から望む佐和山)
彦根城は佐和山城に代わる井伊家の居城として、直政が死去した2年後の慶長9年に築城が開始されました。

(佐和山城本丸跡から望む彦根城と琵琶湖)
建物や石垣は近くの古い城のものが再利用されました。

(長浜城からの移築と伝わる天秤櫓)
城のシンボルである天守は、籠城戦に耐えた「めでたい天守」であるとして、家康の命令で大津城(大津市)から移されたといわれています。

(大津城跡)
武士の時代が終わると城の解体が決まり、明治11年(1878年)10月には天守を解体するための足場が組まれました。

(明治時代に建物が解体された大手門)
そのころ北陸訪問を終えた明治天皇が付近に宿泊しました。
随行していた大隈重信が城の保存を願い出ると、それが認められ、一転して保存が決まりました。




(城内の大名庭園・玄宮園から望む彦根城天守)
二度の「落城」の危機を脱した彦根城は、「落ちない城」として一部の受験生の人気を集めています。

☆アクセス
「彦根城」
(滋賀県彦根市)
JR東海道本線・近江鉄道 彦根駅 下車、徒歩15分
