2025年2月21日(金) シリウス紀行【30】長崎県島原市
長崎県島原市。
江戸時代に起こった島原・天草一揆(島原の乱)でも知られる島原は、

(島原・天草一揆で一揆軍の猛攻に耐えた島原城)
火山活動による災害に何度も見舞われてきました。

(島原城と雲仙岳・眉山)
寛政4年(1792年)、雲仙普賢岳の噴火とそれに伴う地震によって、雲仙岳東端にある眉山が山体崩壊を起こし、有明海・島原湾に流れ込んだ大量の土砂が津波を発生させ、島原半島と対岸の肥後国(現在の熊本県)に押し寄せました(島原大変肥後迷惑)。

(島原城から島原湾・肥後方面を望む)
犠牲者は約1万5千人で、国内最大の火山災害となりました。
普賢岳は平成2年(1990年)にも噴火し、翌年には大火砕流が発生しました。

(眉山と、その奥に聳える普賢岳の噴火活動でできた溶岩ドーム「平成新山」)
島原市内には70以上の湧水地があります。

(道の中央に水路がある武家屋敷街)
その多くは、「島原大変」の後に自然に湧き出したといわれています。

(湧水を利用した庭園)
雲仙岳の噴火は大きな災害を引き起こしましたが、同時に自然の恵みをもたらしました。
☆アクセス
「島原」
(長崎県島原市)
島原鉄道島原駅下車
江戸時代に起こった島原・天草一揆(島原の乱)でも知られる島原は、

(島原・天草一揆で一揆軍の猛攻に耐えた島原城)
火山活動による災害に何度も見舞われてきました。

(島原城と雲仙岳・眉山)
寛政4年(1792年)、雲仙普賢岳の噴火とそれに伴う地震によって、雲仙岳東端にある眉山が山体崩壊を起こし、有明海・島原湾に流れ込んだ大量の土砂が津波を発生させ、島原半島と対岸の肥後国(現在の熊本県)に押し寄せました(島原大変肥後迷惑)。

(島原城から島原湾・肥後方面を望む)
犠牲者は約1万5千人で、国内最大の火山災害となりました。
普賢岳は平成2年(1990年)にも噴火し、翌年には大火砕流が発生しました。

(眉山と、その奥に聳える普賢岳の噴火活動でできた溶岩ドーム「平成新山」)
島原市内には70以上の湧水地があります。

(道の中央に水路がある武家屋敷街)
その多くは、「島原大変」の後に自然に湧き出したといわれています。

(湧水を利用した庭園)
雲仙岳の噴火は大きな災害を引き起こしましたが、同時に自然の恵みをもたらしました。
☆アクセス
「島原」
(長崎県島原市)
島原鉄道島原駅下車
