2026年6月29日(月) シリウス紀行【46】愛知県清須市/名古屋市
愛知県清須市(旧清洲町)。

(清須城本丸跡と五条川)
織田信長が桶狭間の戦いに勝利した頃の本拠地として有名な清須(清洲)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての尾張の中心でした。

(清須城跡[清洲公園]に立つ織田信長像)
織田氏の後は、羽柴(豊臣)氏、徳川(松平)氏など、有力な大名が清須城主となり繁栄しましたが、

(発掘された清須城の石垣)
慶長15年(1610年)、徳川家康の命令で城と町が丸ごと名古屋へ移転することになりました。
これが「清須越(きよすごし)」と呼ばれるものです。

(清須城本丸北側の水堀跡)

(清須城天守台跡)


(清須城土塁遺構)
名古屋市の名古屋城に現存する御深井丸戌亥櫓(西北隅櫓)は「清須櫓」とも呼ばれ、清須城の古材を再利用して建てられたと考えられています。


(国指定重要文化財・名古屋城御深井丸戌亥櫓[西北隅櫓])
名古屋城には
「慶長七年」
と刻まれた擬宝珠も保存されています。
これは名古屋城下を流れる堀川の五条橋(五條橋)に、昭和13年(1938年)に現在の橋に掛け替えられるまで実際に据えられていたもので、刻まれた文字は清須越が始まる8年前の年号です。

(名古屋市・堀川に架かる現在の五条橋)
五条橋はもともと清須の五条川に架けられていて、清須越にともなって名古屋城下に開削された堀川に移されたと伝わっていますが、この擬宝珠はそれを裏付けるものです。

(現在の堀川・五条橋に再現された擬宝珠と「慶長七年」刻印)
現在の五条橋にも清須越の象徴である擬宝珠が再現されています。

(清須市・五条川に架かる現在の五条橋)

(平成元年に清洲町の町制100周年を記念して建設された清須城模擬天守「清洲城」)
☆アクセス
「清須城跡(清洲城、清洲公園)、五条橋(五条川)」
(愛知県清須市)
名鉄名古屋本線 新清洲駅 下車、徒歩10分
JR東海道本線 清洲駅 下車、徒歩15分
「五条橋(堀川)」
(愛知県名古屋市)
名古屋市営地下鉄鶴舞線・桜通線 丸の内駅 下車、徒歩7分
「名古屋城御深井丸戌亥櫓(西北隅櫓)」※内部非公開
(愛知県名古屋市)
名古屋市営地下鉄名城線 名古屋城駅 下車、徒歩15分

(清須城本丸跡と五条川)
織田信長が桶狭間の戦いに勝利した頃の本拠地として有名な清須(清洲)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての尾張の中心でした。

(清須城跡[清洲公園]に立つ織田信長像)
織田氏の後は、羽柴(豊臣)氏、徳川(松平)氏など、有力な大名が清須城主となり繁栄しましたが、

(発掘された清須城の石垣)
慶長15年(1610年)、徳川家康の命令で城と町が丸ごと名古屋へ移転することになりました。
これが「清須越(きよすごし)」と呼ばれるものです。

(清須城本丸北側の水堀跡)

(清須城天守台跡)


(清須城土塁遺構)
名古屋市の名古屋城に現存する御深井丸戌亥櫓(西北隅櫓)は「清須櫓」とも呼ばれ、清須城の古材を再利用して建てられたと考えられています。


(国指定重要文化財・名古屋城御深井丸戌亥櫓[西北隅櫓])
名古屋城には
「慶長七年」
と刻まれた擬宝珠も保存されています。
これは名古屋城下を流れる堀川の五条橋(五條橋)に、昭和13年(1938年)に現在の橋に掛け替えられるまで実際に据えられていたもので、刻まれた文字は清須越が始まる8年前の年号です。

(名古屋市・堀川に架かる現在の五条橋)
五条橋はもともと清須の五条川に架けられていて、清須越にともなって名古屋城下に開削された堀川に移されたと伝わっていますが、この擬宝珠はそれを裏付けるものです。

(現在の堀川・五条橋に再現された擬宝珠と「慶長七年」刻印)
現在の五条橋にも清須越の象徴である擬宝珠が再現されています。

(清須市・五条川に架かる現在の五条橋)

(平成元年に清洲町の町制100周年を記念して建設された清須城模擬天守「清洲城」)
☆アクセス
「清須城跡(清洲城、清洲公園)、五条橋(五条川)」
(愛知県清須市)
名鉄名古屋本線 新清洲駅 下車、徒歩10分
JR東海道本線 清洲駅 下車、徒歩15分
「五条橋(堀川)」
(愛知県名古屋市)
名古屋市営地下鉄鶴舞線・桜通線 丸の内駅 下車、徒歩7分
「名古屋城御深井丸戌亥櫓(西北隅櫓)」※内部非公開
(愛知県名古屋市)
名古屋市営地下鉄名城線 名古屋城駅 下車、徒歩15分
