2026年8月26日(水) シリウス紀行【48】佐賀県唐津市
佐賀県唐津市。
今から430年ほど前の安土桃山時代、肥前国名護屋(現在の佐賀県唐津市鎮西町名護屋)に、人口20万を超える世界最大規模の都市がありました。
(現在の名護屋)
尾張国中村(現在の名古屋市中村区)出身で、全国統一を果たした羽柴(豊臣)秀吉は、明(中国)の征服を目指し、全国の大名を動員して大軍を二度、朝鮮に派遣しました(文禄の役、慶長の役)。

(名護屋城大手口)
その出兵拠点として築かれたのが肥前名護屋城です。
(名護屋城本丸からの眺め)
(秀吉の居館があった名護屋城上山里丸の石垣)
(名護屋城天守跡)


(名護屋城中心部に残る石垣)
城の周囲には徳川家康や前田利家ら、150以上の大名が陣を構え、城下町もつくられました。
(徳川家康陣跡)
(前田利家陣跡)
それまで何もなかった寒村に突然大都市が出現しました。
(名護屋城下町跡から見た名護屋浦・呼子方面の眺め)
秀吉や大名たちは出兵に備えただけでなく、茶の湯や能など、文化の交流も行いました。
(名護屋城博物館に再現された秀吉の「黄金の茶室」)
慶長3年(1598年)に秀吉が伏見城で病死すると朝鮮から撤退し、名護屋城は廃城となりました。
(廃城後に崩された石垣)
名護屋の繁栄は7年間という短いものでしたが、大名たちが名護屋から持ち帰った文化や築城技術は、その後全国各地で発展しました。
(加工された石が積まれた石垣)
☆アクセス
「国指定特別史跡・名護屋城跡並陣跡」「佐賀県立名護屋城博物館」
(佐賀県唐津市)
JR筑肥線 唐津駅 より徒歩8分の大手口バスセンターより
路線バスで45分、名護屋城博物館入口 下車
